Posted 3 days ago

十年程前、ある講演会場で、学校へ行かない子どもたちの孤独について話していたときのこと、質疑応答の時間になって、前の方の席で聞いていてくださった年配の男性が立ち上がり、「今の時代の大変さを言っていたようだったが、僕たちの頃は戦争中で、まず食うことが大変だった。学校は授業らしい授業もなく、僕たちは学徒動員で…。今の子たちとは比べ物にならない大変さだった。そのことについてどう思うのか」と質問された。私はまず、その人が「僕たちは」という言葉で、自分たちのことを述べた、そのことについて、「甘やかな連帯」のようなものの自覚はないか、訊いた。「僕たちの頃」、その方がそう言ったときのどことなく誇らかな調子が、何か郷愁のようなもの、宝物を見せるときのような二ュアンス、私がそのときテーマにしていた子どもたちが、望んで決して得られない何か、そしてその人自身もどこかでそれに気づいている ー自分が持っている宝ー それについて語りたいのだということが察せられたからであった。私はそれが確かに素晴らしい宝であること、うらやましく思うことを正直に言い、そしてその人はそれを認め、私はそれを受けて、けれど、「僕たち」「私たち」で語ることの出来ない孤独について、引き続き何か語った、と思う。

「群れ」にあるということ、それ自体が人を優越させ、安定させ、ときに麻薬のような万能感を生む。そして人は時々、群れを外れている人に向かってそれを確かめ、群れの中にいることの快感を得たいと思う。

甘やかな連帯は、そういう、そこはかとないところで止めておくのが健やかさを保つ鍵である。その快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。

しかし、その一歩手前で止めておけば、これもまた流離感と同じくノスタルジーに繋がる。

「ぐるりのこと」 梨木香歩 新潮社 (via yangoku) (via yellowblog) (via reretlet) (via hresvelgr) (via baikuken) (via uncate) (via pdl2h) (via erewwa) (via suzukichiyo) (via dannnao) (via otsune, boooook)
2009-10-15 (via yasaiitame) (via ataxia) (via kanpo0324) (via motomocomo) (via ryusoul)
Posted 4 days ago

◆なにかを考えるための10カ条
 
ひとつのことを考えるとき、  

1.そのことの隣りになにがあるか?
2.そのことのうしろ(過去)になにがあったか?
3.そのことの逆になにがあるか?
4.そのことの向かい側になにがあるか?
5.そのことの周囲になにがあるか?
6.そのことの裏になにがあるか?
7.それを発表したら、どういう声が聞こえてくるか?
8.そのことでなにか冗談は言えるか?
9.その敵はなにか?
10.要するに、それはなにか?  

というものです。
そのことが「缶コーヒー」でも「合コン」でも、
なんでも、いったんここに入れて考えてみるわけです。
意外に気がついてないことや、可能性や欠点が、
見えてきたりすることがあるものです。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次

この視点は大事だよね。
どうしてもすぐに分けて考えようとしてしまうからなあ。

(via matutakanet)

Posted 4 days ago

アインシュタインは、世間的には無能だった。
学校の成績は悪く、大学受験に失敗し、制度を利用してチューリッヒ工科大学に無試験入学したが、大学の講義にはついていけないと分かっていたので、講義には出なかった。
大学を出ても、研究職に就くことが出来ず、特許庁の事務員になった。

彼もまた、独立した個人という感覚が希薄だったのだ。
それで、自分と他人、自分と外物、そして、外物と外物の区別が明確でなかった。
それが、彼の全ての性質を見事に言い表せる。

彼は、洗濯石鹸と髭剃り用石鹸の区別をせず、洗濯石鹸で髭を剃った。
そして彼は、(慣性系における)全ての基本的物理法則は全く同じと見なし、特殊相対性原理を発見した。
さらに、重力と加速度は同じで、時間と空間は同じと気付き、一般相対性原理を発見した。

アメリカに渡った(亡命した)アインシュタインの収入は多かった。
アメリカ最高の研究機関プリンストン高等研究所では、アインシュタインを研究員に迎えるために2万ドルの年棒を用意した。1933年のことである。(アインシュタイン自身は年棒千ドルを要求した)
だが、自他の区別の無いアインシュタインは、誰とでも収入を大らかに分かち合った。要求されれば誰にでも金を与えた。彼にとっては自然なことだった。

アインシュタインを高名な学者だと知らず、数学の先生だと思っていた女子中学生が数学の宿題を手伝うよう頼んだら、彼は当然のことのように協力した。その女子中学生の母親が卒倒しかけて謝罪に来たが、アインシュタインには謝られる理由が分からなかった。彼に地位や年齢の違いという概念はないのだ。

Posted 1 week ago
Posted 1 week ago
蕎麦を打ちたいと言い出すのはたいてい男だ。なぜだろう。女子の口から聞いた事がない。私も正直全然打ちたくない。
Posted 2 weeks ago
Posted 2 weeks ago
Posted 2 weeks ago
なんか最近急激に色々な人に助けられている。人生破滅寸前になったら、そのまま一人で消えて行くものだと思っていた。
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Posted 2 weeks ago
第一は、「街路の幅が狭く、曲がっていて、一つ一つのブロックの長さが短いこと」。第二は、「古い建物と新しい建物が混在すること」。第三は、「各区域は、二つ以上の機能を果たすこと」。そして、第四は、「人工密度ができるだけ高いこと」。これら四条件をすべて満たす都市こそが魅力的な都市であり続けている、ということをジェイコブスは発見したのである。
Posted 2 weeks ago
■あの種のテレビショッピングをどれほどの方が利用されているか知りませんが、利用者がいて、売上があるから番組が存続していることは間違いなく、僕の知らないところに「テレビでモノを買う人々」は大勢いるのだと思います。無論、この状況は今に始まったことではありません。僕が子供の頃からテレビショッピング界の老舗「日本文化センター」のCMは放送されていました。まだ今ほどテレビショッピングが普及していない時代から、あの会社は「2つ買うと4つお送りする桐タンス」とか「ホカホカ遠赤外線ウォーマー」とか「番号を押すだけで簡単に弾ける大正琴セット(古賀政男名曲集の本付き)」などを紹介しては売っていました。現在ではもう誰もツッコむことさえしないであろう「2個の値段で4個ついてくる」シリーズを普及させたのは日本文化センターの功績が大きいでしょう。そして、これだけ長くテレビ界に存在し、あの最後の「東京ゼロさーん~」で始まる歌と共に多くの人に記憶されながらも、その実体を誰も知らない会社というもの、めずらしいのではないでしょうか?ちなみに先ほど紹介した「東京ゼロさーん~」というのは関東地方で流れている日本文化センターのジングルで、これは地方によって歌詞やメロディが違います。僕は子供の頃、関西に住んでいたので、あのCMの最後の歌は「大阪ゼロっろく~」と始まっていました。

■というわけで・・・・ネット時代は素晴らしいですね。貴重な人生の時間を一瞬にして奪い去る麻薬にして宝物庫、YouTubeに「全国の”日本文化センターの歌”総集編」という動画がありました。これ、最初に見た時はかなり激しい衝撃を受けましたね。日本って・・・狭いようで、こんなにも違うものなのか!!まぁ、あのサイトのことなのでいつまで動画が残っているかはお約束できませんのでお早めに。こちらです。携帯電話でご覧の方は帰宅してパソコンからご覧ください。これ、マジで衝撃を受けますから。